私たちは日々、無意識のうちに、あるいは意識的に、他人とさまざまなコミュニケーションを取りながら生活しています。しかし、このコミュニケーション、つまり言葉がどのような仕組みで通じるのか、考えたことはありますか?
コミュニケーションがなぜ取れるのだろう?
日常生活のなかで、いろいろなシーンで、さまざまなコミュニケーションをしてます。例えば、挨拶をするとき、その言葉がどうやって相手に伝わるのか、考えたことはありますか?
不思議に思う人もいるでしょう。
しかし私は、それを特に不思議に思ったことはありませんでした(笑)。それは、これが私にとって自然なことだからです。もちろん、難しい状況でのコミュニケーション、例えばクライアントに対して礼儀正しく、しかも断りたいときなどは慎重に言葉を選びます。でも、日常生活で「なぜコミュニケーションが取れるのか」を深く考えたことはありませんでした。しかし、自分の子どもがこの問題を抱えていると知ったとき、初めて深く考えるようになりました。
思考から言葉、音声へ
言葉を発する側(発信者)と受け取った側(受信者)ではこんなやり取りが発生しているはずです。
- 思考の生成:言葉を発する側は、感覚入力(視覚、聴覚、触覚など)や記憶、経験、知識、習慣をもとに伝えたい内容をぼんやりと思い浮かべます。このケースでは、人と出会ったから挨拶をしようといった具合です。
- 言葉への変換:1の思考は次に言葉に変換されます。これは、われわれが使用する特定の言語の語彙と文法のルールに従って行われます。昼の挨拶であれば、『こんにちは』になります。
- 音声への変換:脳は次に、これらの言葉を音声信号に変換します。これには、舌、口蓋、声帯などの発話器官が協調して動作します。
- 音声の伝達と受信:これらの音声信号は空気を介して伝達され、受信者の耳に到達します。
- 音声から言葉への変換:言葉を受け取った側の脳は、これらの音声信号を言葉に変換します。これは、受信者がその言葉の意味と文法的な構造を理解していることを前提としています。
- 思考への変換:最後に、これらの言葉は受信者の脳内で思考に変換されます。
専門家であれば、もっと複雑に仕分けできるかもしれません。でも、ざっくりと考えるとこんなところではないでしょうか。
ペットや外国語話者とのコミュニケーションはなぜ困難なのか?
多くの方がペット、例えば犬や猫を飼っていると思います。長年一緒に過ごすことで、その仕草や一緒のリズムで意思疎通が可能になることでしょう。しかし、犬や猫と言葉を使ってコミュニケーションを取るのはなぜ難しいのでしょうか?
一部は思考や言葉の解釈の違いに起因しますが、主な要因は音声への変換の違いです。つまり、各生物が独自の音声で発音するため、受信者が理解できないということです。
それでは、人間同士はどうでしょう?たとえ健常な人同士であっても、相手が発している言葉を理解できない状況はあります。例えば、話者が中国語で、受信者が日本語を話す場合はどうなるでしょうか?
受信者は確かに音声を認識できますので、発信者が「にーはお」という音声を発したときにそれを聞き取ることは可能です。しかし、受信者が中国語を理解していない場合、それがどういう意味であるかは理解できないでしょう。つまり、音声としては認識できるものの、その音声を意味ある言葉へと変換することができないわけです。
興味のない外国語が雑音のように聞こえる主な理由は、この音声から言葉へ、意味が理解できないのが主因です。その言語の音韻体系、つまり音のパターンとリズム、強勢などに馴染みがないからです。
言語を理解するためには、その言語の音韻体系を習得する必要があります。音韻体系とは、言語の音声的な特徴を表すもので、どの音が言葉を形成するために重要であるか、どの音が言葉の意味を変えるかを決定します。自分の母国語の音韻体系は、生まれたときから聞き続けることにより自然に学習します。しかし、新しい言語を学ぶときは、その音韻体系を意識的に学習しなければなりません。
したがって、理解できない外国語を聞くと、それらの音は我々にとって意味をなさない雑音のように聞こえます。また、私たちの脳は、理解できる情報に焦点を当て、理解できない情報は背景ノイズとして処理する傾向があります。これも、理解できない外国語が雑音のように聞こえる一因と考えられます。
表出性言語障害における困難はどこにあるのか?
ここまでの説明で、発信者と受信者がどのようにコミュニケーションを行うのかを理解いただけたかと思います。次に、表出性言語障害を持つ人とのコミュニケーションで何が困難を引き起こすのでしょうか?
知的(認知)障害がない場合でも、主に2つの課題が考えられます。
一つ目は、言葉への変換です。これは語彙が乏しい、適切な語句を見つけられない、または語句は見つけられても、動詞や助詞を使った複雑な文章の作成や言葉の表現に困難がある場合を指します。
二つ目は、音声への変換です。これはさらに物理的な要因と精神的な要因に分けられます。
物理的な要因とは、口腔内に物理的な障害がある場合を指し、「構音障害」と呼ばれます。これは歯列・下顎・口唇・舌・軟口蓋など、発音器官の異常によるものです。
精神的な要因とは、語彙は理解できるものの、それを適切な音として変換する能力が何らかの理由で欠けている状態を指します。私の子どもがまさにこの状態にあります。
物理的な問題については、専門病院で治療が可能です。例えば、関西地方では大阪大学歯学部附属病院に「顎口腔機能治療部」という部署があります。
顎口腔機能治療部 | 大阪大学歯学部 歯学部附属病院顎口腔機能治療部 | 大阪大学歯学部 歯学部附属病院
余談ですが、私は最初「顎口腔(がくこうくう)」という言葉を読むのに苦労しました(苦笑)
表出性言語障害への対応策
物理的な問題は上述の通り専門の部署で診てもらえます。わが家の子の場合、こんな診断をいただきました。
構音操作に異常はないが、音韻の誤りが多くある(例:ニギン/ニンジン コプ/コップ)。音韻の誤りは音節数が増えるに伴い多くなる。多語文になると自ずと音韻の誤りが顕著になることが推測される。(中略)回腔の機能や形態に問題はなく、構音障害にも該当しない。発話の不明瞭さは、言語発達、特に音韻面の未熟さによるものと考えられる。
担当医師の診断書より
言葉への変換は主に臨床心理士の専門領域であると言えます。一方、音声への変換は、主に言語聴覚士が担当します。ただし、これら二つの問題は、検査で明確に診断できるようなものではありません。したがって、臨床心理士や言語聴覚士、必要に応じて他の専門家と協力し、継続的な療育を進めていくことになります。
物理的な問題は、治療と手術で劇的な改善が見込めるかもしれません。しかし、精神的な問題は、そうはいきません。ここがこの問題の難しいところではないかと思います。
コメント