『自閉スペクトラム症』(岡田尊司著)について

自閉症スペクトラム(ASD)

『愛着障害』の著者である岡田尊司氏の、自閉スペクトラム(発達障害)についての書籍を読みました。『愛着障害』を読んでいて感じた混乱が、この書籍を通じてクリアになりました。彼が伝えたいメッセージとその概要について、以下にまとめておきます。

『自閉的』とは

自閉症で使われる『自閉』とはどういう意味か?

『自閉的』とは必ずしも人付き合いを好まず、ココロを閉ざすということではなく、自分と異なるものを受け入れるのに抵抗が強いということ。自分が慣れたもの以外を受け入れられないという、この特性を精神医学的に表すのが、『自閉的』という用語になります。

『障害』とは

日本語の『障害』という語句は、複数の意味を包括しています。英語と対比して以下に記載する。

  • Disorder : 辞書には”a state of confusion”と記載されており、状態の乱れ(病気)を指します。このDisorderには、一時的な病気や状態にも使われます。
  • Disability : “a physical or mental condition that limits a person’s movements, senses, or activities”と記載されており、固定した障害に用いられます。

どちらも日本語では障害という語句で括られてしまうため、精神科医の間では類似の指摘をしばしば拝見します。

「パニック」の表現は良いのですが、そこに「障害」が付くと、一生付きまとう障害と誤解されかねません。実際、「障害」との病名にショックを受ける患者さんや御家族がいます。そのため私たちも病名を伝える時に「治る症状です。一生背負うような障害ではありません。」などと一々注釈が必要になります。実は治りやすい症状であるのに、「パニック障害」という呼称はいただけません。パニック障害については、昔からの病名、「不安神経症」のように、たとえば「パニック症」としていただきたいと思っています。

https://www.dr-mizutani.jp/dr_blog/diagnosis-dsm/

最近は、Disorderを『~症』に改めるのが動向のようです。以前は、『自閉症スペクトラム障害』との訳語が『自閉スペクトラム症』に改められたのもここに起因するようです。

自閉症は回復する可能性がある

その昔、ASDは遺伝要因を重視した小児科医 ハンス・アスペルガーの『自閉的精神病質』の理論が大勢でした。しかし、近年は精神科医 レオ・カナーが唱えた教育要因説(環境起因)どちらも重要であり、環境の重要性が再認識されています。

ASDは、Autism Spectrum Disorderの略です。Disorderですので、上記を踏まえた上で、筆者は以下のように言及します。

決して固定した障害ではなく、子どもの頃にASDと診断されても、成人した段階で二割程度の人が診断に該当しなくなります。療育や発達トレーニングが発展すれば、その割合はさらに上がることでしょう。

つまり、自閉症は回復する可能性があるということです。

ASDの診断基準

DSM-5の診断基準では、『社会的コミュニケーションの障害』と『限局された反復的行動』の両方が認められることが必要。

社会的コミュニケーションの障害

次の3つの症状が必須。

  1. 相互的関係(応答性)の障害 : 量よりも質。相互応答性の有無。関心を共有できるか、発語の遅れがあるかどうか。
  2. 非言語的コミュニケーションの障害 : 表情や身振り手振りが乏しかったり、声の調子が単調。相槌や表情の変化が乏しいなど。非言語的な意味に気づかない(相手の表情や言葉の調子に気づかない)、目が合わないなど。
  3. 社会的スキルの乏しさ : 他人と親しい関係になったり、関係維持や相手や周囲の反応に応じた対処が難しい。子どもの頃、誘われたら一緒に遊ぶものの、自分から遊びに誘うことがないなど。また、具体的に言われないとわからない(社会的想像力の弱さ)やストレートすぎる言い方や質問など。

限局された反復的行動

次のうち少なくとも2つが当てはまること。

  1. 同じ行動パターンを繰り返す : 常同行動と呼ばれる。
  2. 決まった行動や考え、習慣へのこだわり : 繰り返すことに強い執着を示す。過度に形式的な傾向、対象性や整然と区画整理されていることに、こだわりと美意識を持っていることも多い。正確さや完全さにこだわる傾向も特徴的。構造化された秩序に安心感を持つとも言える。
  3. 特定のものに対する強い興味 : 限定された領域に強い興味を持つこと。
  4. 間隔の過敏さ、または鈍感さ : 光に対する敏感さや味覚、触覚、嗅覚の敏感さ、肌触りにも敏感など。この敏感さのため、注意を奪われて、肝心なことに集中しにくいという事態も起きやすい。

診断基準に含まれないその他特性

診断基準に含まれないが、よく見られる特性は以下のとおり。

  1. 顔や名前を覚えられない
  2. 運動が苦手で、不器用な傾向
  3. 体の硬さと緊張の強さ
  4. 発音や歌い方に特徴
  5. 人との距離感がわかりにくい
  6. 時間管理が苦手
  7. 頻度の高い合併症

ASDのタイプ

脳は2つの半球から構成されています。両輪で働きができればいいのですが、ASDの人はこれが難しいため、どちらかが働きに優位・優位ではないが生じます。

  • 左脳 : 言語的で理論的な処理が得意。左脳が右脳より働きが優位であればアスペルガータイプ。
  • 右脳 : イメージや直感的な処理が得意。右脳が左脳より働きが優位であればカナータイプ。

ベースにある能力の偏り具合から、ASDはいくつかのタイプに分けることができます。適正にあった職業に就くことが大切と著者は繰り返しています。

  • 文系専門家タイプは、言葉や知識を記憶し、扱う能力が優れたタイプです。言語理解が優れているのに対して、処理速度が相対的に劣っていることを特徴とします。作動記憶もどちらかと言えば、優れていることが多いと言えます。
  • 理系技術者タイプは、知覚推理(知覚統合)が優れ、視覚空間的な処理を得意とし、数学や物理空間図形やコンピューターなどを扱うのに適しています。
  • 芸術家職人タイプは、逆に処理速度が相対的に高く、言語理解や知覚推理よりも優れていることが特徴で、学科的なことよりも、物作りや作業、実務面を得意とします。実務家として活躍する場合もあります。技能や実務的な面で勝負できる仕事が適しているでしょう。

療育で重要なこと

自閉症から回復した例からは次のようなキーポイントがある。

  • 行動を無理やり変えようとしない : 子どもの主体性を尊重する。不要な介入はやらない。
  • 本人の反応にすかさず応える : 愛着障害の対応策と同一。
  • 療育を邪魔する大敵を排除 : 情報機器(テレビ・コンピュータ・ゲーム機・スマホなど)は絶えず画面の方に注意と視線を引き付けるため、アイコンタクトを邪魔するため。

療育の行動療法的アプローチとして、ABA、TEACCHを紹介しています。ABA(Applied Behavior Analysis 応用行動分析)については、利用したことがあります。十分な効果を出すためには、週35~40時間のトレーニングを2,3年行う必要があるとのこと。ABAで用いられる技法は参考になるので、以下に記載します。

  • 小さな課題に分ける : 愛着障害の対応策と同一。
  • 褒めることで強化する
  • エラーレス・ラーニング(間違い排除学習) : 学習において、間違うことでモチベーションダウンが起き、自信が低下し否定的な感情が高まります。あらかじめヒントを与えたり、準備を提供側が行うことで、間違いや失敗を減らす取り組み。
  • 注意の切替(リダイレクション) : 行動を変えさせようとするのではなく、新しい行動に誘う。

総括

著者の別書『愛着障害』では、環境起因を強調されていたので、戸惑いました。

本書を読むことで、著者が強調したいポイントが明確になりました。それは、障害を持つ子供の主体性を尊重し、できることを積み重ねることにより、自己肯定感を高め、その世界を広げていくという考え方です。自閉症を含め、環境因子が大きな要素であるため、『回復する可能性がある』という考え方を強調していると理解しました。

この本では、自閉症についての理解、症状の概要、そして療育(トレーニング)の重要性について説明しています。そして、適性に基づいた進路選択や職業、生き方について紹介しています。これは、まさに出口戦略と言えます。第6章の「解毒」についてはやや余談のような感じもしますが、自閉症についての理解を深めるための優れた一冊と言えるでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました